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2012-03-20

シーメールマゾ純子 マゾの回想 3話

美青年03

私は純子。 とある館でシーメールマゾの娼婦をしています。 私の過去の調教風景のお話、最後ですから聞いて下さい。 恥かしいけど、お願いしますね?


『んぐぅ・・・く、くるしい・・・です。 ご主人様ぁ、も、もう、おトイレに、いかせてくださぁい・・・』

『情けないマゾ奴隷だな、30分も我慢が出来ないのか? 罰だ、15分追加で我慢しろ、それにあと1000cc、余分に浣腸してやる』

『いひぃ!? そ、そんな・・・! も、もうお腹かパンパンです! も、もう入らない・・・いや、いや! 入ってくるぅ! うっ、いぎゃあぁ!』

さっきから浣腸を2リットルもされて、もう30.分近くゴロゴロと音が鳴って痛いお腹を我慢して、今にも吹き出しそうになるケツマンコの入口を必死に締めているのに。 オーナー様は意地悪です、私の苦しむ姿を見て喜んで、また虐めるんです。

『あぐうう・・・は、はいってくるぅ・・・はいってきちゃうよぉ・・・うううぅ・・・』

両手を背中の後ろで縛られ、上半身を亀甲縛りの状態で俯けに顔と両肩だけで支え、両足は大きく開いてお尻を高く突き上げた格好の私は、ジュルジュルと入って来る浣腸液の苦しさに脂汗を流していました。 これで私のお腹には3リットルも浣腸液が入ったのです。
はぁはぁと、肩で息をする私は更にこのあと更に15分間、この苦痛に耐えないといけないのです。 ちょっとでも気を緩めたらあっという間にケツマンコが崩壊して、部屋の中にウンチをまき散らしちゃうのです。

『はあ・・・はあ・・・はあ・・・はおっ!? ひゃっ! や、やめて! いひぃん! ずるい、ご主人様、そんなのって、ずるいぃ!』

いきなりオーナー様がローションをたっぷり塗って、私のペニクリをシコシコ扱くのです! 私が必死になってケツマンコを引き締めているのに、それを邪魔しようとするのですよ! もう半狂乱になりました、腰が引けて思わず緩みそうになるケツマンコを締めて。

『おひっ、お、おひっ、や、やめて! ほ、本当にやめてぇ! おねがいぃ! 漏らしちゃうぅ!』

『くく、漏らすか? 純子。 その年になって、恥かしく脱糞するのか? ええ?』

オーナー様は私の後ろに大きなタライを置かれました。 それには新聞紙が一杯敷きつめてあって・・・ そして位置を変えて私の横に座られ、そこから覗き込むように私の苦悶の表情を楽しまれながら、まだ私のペニクリを扱くのです!

『ひゃっ! あひゃっ! も、もうらめぇ! おケツ、らめぇ・・・!!』

大きな音と同時に、私は盛大に脱糞してしまいました。 同時にオーナー様に扱かれていたペニクリはあっという間に射精しちゃいました。 でも、なんて気持ち良い! 私は涎を流しっぱなしでアクメしっぱなしでした。 勿論その姿をビデオに撮影されて・・・
当然、ご命令された時間を我慢出来なかった私は、この後もオーナー様から繰り返し『出来るまで』浣腸の責めをされたのです。 もう泣きたいほど苦しくて、辛くて、惨めで・・・泣いちゃいましたけど。 
でも、この間、陽子お姉さま、美幸お姉さまとご一緒にお受けした、あの厳しいお浣腸のお仕置きより、ずっと楽だったのだと判りました。 この前の時は私、お姉さま達の励ましの声も聞こえなくって、わんわんと泣いちゃいましたもの・・・え? あ、最近のお話ですね。



アナル調教の方も随分と進み、露出調教と平行して調教して頂きました。 まずは最初に何と言っても浣腸です。 浣腸されるのです、大型の浣腸器で何リットルも。 最初は市販のイチジク浣腸でしたが、だんだん他の浣腸をされる様になりました。
50%グリセリンを1リットル以上浣腸され、アナルプラグで栓をされて縄で亀甲縛りに縛られ、そのままコートだけを着用して外に連れ出された時は、恥ずかしさと、猛烈に襲ってくる便意とで流石に変態女装マゾの私でさえ、焦りでパニックになりました。

『ほら、さっさと歩け、グズグズするんじゃない』

『ぐんむぅ・・・・んんっ・・・ご、ごしゅじんさま、も、もうおなかが・・・限界ですぅ・・・はあ、はあ、はあ・・・んんっ!』

ろくに歩けません、今にも脱糞しそうな程強烈な便意が襲ってきます。 でもアナルプラグの為に排泄する事もできませんし、それに野外です。 おまけに股間に通された麻縄には結び目が作られていたので、クリペニやアナルの周辺が擦れて感じてくるのです。

『ゆるしてぇ・・・ごしゅじんさまぁ、ゆるしてください・・! あ、ああ、もう、ガマンできません・・・!』

最初の頃はまだ必死に我慢していましたが、途中からは、『ダメ・・・ダメ・・・』と、それだけしか声にならず。 やがて、1時間近く連れ回された頃にはもう、ウンチしたい、アナルを弄り回したい、クリペニ擦って射精したい、それだけしか考えられなくなって。
意味不明の呻きしか声にならず、とうとう人気のない公園の木陰で縄を緩めて頂き、アナルプラグをオーナー様がいきなり抜かれた時には、盛大な音と同時に恥知らずにもその場で脱糞してしまいました。 同時にその快感で私は、勝手に射精もしてしまったのです。

『おっ!? おひいぃぃぃ! きもちいいぃ! ウンチ、きもちいいぃ・・・!』

馬鹿みたいな淫語を意味も無く吐き続けて、私は野外露出脱糞の快感に酔い知れました。 まだ日が完全に落ちていない夕方の公演です、もしかして誰かが通るかもしれません。 そう思うと視界が霞んで、涎を流して夕焼け空の下で淫らに逝ってしまうのです。
その後は放心状態で、ご主人様に抱かれて部屋に帰るのがやっとでした。 勿論、お部屋に帰ってからはお仕置きです。 シャワーを浴びて体を綺麗にして、お化粧直しもした後で卑猥でセクシーなランジェリーを身に付け、夜通しケツマンコを責め続けられました。


それ以降も色々な浣腸をされました、思い出すだけでもこんな浣腸責めを・・・ 『濃厚な牛乳(少し暖めます、すぐにお腹にきます)』、『ビール(直腸からアルコールが直接吸収されるので、すぐに酔います)』 でも、これはまだ優しい浣腸調教でした。
今でもまだ、お腹の中が掻き毟られる様な苦痛で、それをされると泣いてお許しを懇願してしまうのが、『お湯とグリセリンとお酒のミックス』です。 この間など、オーナー様のご友人様に何度もこの浣腸を頂戴して、泣き喚いてお許しを懇願しました。 でもこの間お姉さま達とご一緒に、お受けしたお浣腸調教よりマシですけど・・・

変わった所では、ケツマンコを存分に可愛がって頂いた直後、まだ精液を垂れ流している開ききった締りの無い恥かしい私のケツマンコに、『オーナー様のお小水』を流し込まれた事がございます。 はっと気付いた瞬間、クリチンポが激しく勃起してしまいました。

『い、嫌ぁ! ご、ご主人様、ひ、酷いですぅ! ああ、そ、そんな、おしっこが・・・おしっこが私のケツマンコに! ・・・ひいぃ!』

そんな殊勝な言葉を吐きながら、私は無意識に自分の勃起したクリペニを激しく擦っていました。 パックリ開いた私のケツマンコの中に、オーナー様がお小水を流し込まれて。 その液体が腸内を激しく叩きつける快感に、腰骨辺りにゾクゾクとした快感を覚えました。
やがておしっこを終えられたオーナー様は、当然ながら私の勝手な排泄はお許しにはならず、私はそのまま両手を縛られて万歳の恰好で吊るされました。 両足は広げて拘束され、目の前に大きな姿見の鏡を置かれ・・・
そこには可愛らしい女の子の様な、でも股間に勃起するクリペニを持った私の拘束された恥かしい姿が映っていました。 恥かしさで顔をそむけようとすると、オーナー様が大きなその手で私の顔を姿身の正面に戻すのです。

『見ろ、純子、この姿を。 女らしい肌とプロポーションだ、おっぱいも随分大きくなったな、そろそろCカップではきつくないか? ああ? そして程良い位に脂の乗った若い娘の様な尻に、すらっと綺麗な脚だ、世の女どもは羨ましがるぞ?』

確かにそうでした。 姿見の中で卑猥なランジェリーを身に付け、両手を頭上で釣り上げられて両足を大きく開いて拘束され、羞恥と快楽に体を染めているその裸身は、私が中学生から高校生の頃に意識し始めた、こうありたいと思っていた女性の姿でした。
その頃の私はもう、殆ど今と変わらぬプロポーションになっていました。 髪は長いストレートロング、ウエストは細く括れ、バストはもうCカップではきついと感じる程大きくなっていました。 すらりと伸びた自慢の長い美脚、体毛もありません。
こうなってしまってはもう大学にも行けません、私は周囲にカミングアウトしていなかったのです。 すっかり授業を欠席して留年もほぼ確定していました。 その代償に得た美しい女性の体・・・でも、その股間には小さいながら、間違いなく男性器がついています。

『やっ・・・いやぁ・・・勘弁・・・』

私は弱々しくすすり泣く様な声しか出ません、体がどんどん女性化するのと同時に、私の意識はもうすっかり女性としての自分しか認識していませんでした。 日常生活はすっかり、20歳前後の女の子のそれでした。
そんな私を満足そうにご覧になったオーナー様は、少しだけ場を外され、やがて大きなタライと新聞紙を持ってこられました。 直ぐに私は判りました。 『部屋の中で、恥かしい排泄姿を見られる』と。 私は激しくペニクリを勃起させてしまいました。
羞恥と、そろそろ効いてきたお小水浣腸の苦しさと便意、そして倒錯した快感に勃起した私のクリペニを、オーナー様は私の背後から手を伸ばし、ゆっくり、そして時に激しく擦ります。 私は腰が引けて、そんな動きにお腹がゴロゴロとなって悲鳴を上げました。

『んあっ! あ、ああっ! いひいい! だ、だめぇ! ・・・やっ! いたぁいっ! ご、ごめんなさぁい! ひぃ! お尻が痛いです!』

意地悪な事に、オーナー様はもう一方の手で私のアナルの入口を優しく、激しく、さする様に、引っかく様に愛撫なさるのです。 快感に腰が引けると、オーナー様からお尻をぶたれてしまいます。 私はおっぱいとクリペニを揺らしながら、泣くだけでした。

『いやぁ! やだ、やだ! お腹が痛いです、ご主人様! ウンチさせてぇ! ああん、クリペニ、さすっちゃダメぇ!』

『くくく、本当か? 本当にクリペニ、止めて良いのか?』

『んああ・・・! いやぁ、やめちゃ、いやですぅ・・・! んおおおお!』

混乱する私に、オーナー様は耳元で優しく呟かれます。

『いけない娘だな、はっきりしなさい。 どっちなんだ? クリペニしごかれて射精しながら脱糞したいのか? それとも止めて大人しくトイレに行くか?』

意地悪な言い方です。 普通ならおトイレで排泄したいに決まっています。 でも私はもう、被虐の快楽に溺れるシーメールマゾです。 そんな私があの頭の芯が痺れるような快感から、逃れられる筈も有りません。 知っていて、そんな意地悪を言うのですから!

『ひゃら・・・おトイレ、いひゃれす・・・クリペニこすってぇ・・・じゅんこ、しゃせいしながら、うんち、したいれすぅ・・・』

もう回らぬ呂律で、ようやく言えたその時。 ご主人様の両手の愛撫が急に激しくなりました。 片手で私の小さなクリペニを扱き、指で先っぽを擦ります。 クリペニの先から出た透明なガマン汁を掬って、それを菊門に擦りつけてグリグリと指をねじ回します。

『んほおぉぉぉぉ! ひゃひ! いひいぃぃ! いいい、いぐ、いぐ・・・逝くゥ! んむうぅぅぅ!!』

オーナー様の大きな手で顔を掴まれ、ディープキスを頂戴しながら私は盛大に排泄してしまい、同時にクリペニから透明な精液を射精して逝ってしまいました。


同時に年開けの頃から縛られて、蝋燭と鞭を頂くようになりました。 始めの頃は痛くて、熱くて、恐くて、とても快感なんて感じませんでした。 その責めを受ける時は泣き叫びました。 痛くて、熱いだけで、恐怖だけで、もういやっ!と、何度も叫びました。

『いや、こわい・・・ご主人様、こわいの、いやぁ・・・痛いんです、がまんできな・・・あぎゃ! いぎぃ! ひっ! ひいぃ!』

『マゾ牝が! 贅沢を言うな! 純子、お前は俺のマゾ奴隷だろう!? だからお前は俺の前では常にマゾ啼きで俺を喜ばせる義務が有ると、何度言えばわかる! この馬鹿マゾめ!』

『あっ! あぎゃ! ひいぃ! ごめんなさい! ごめんなさいぃ! も、申し訳ありませんでしたぁ、ご主人様ぁ! いぎゃ! ひいぃ! じゅ、純子、素直にご主人様の鞭を頂戴したいですぅ! あひゃっ、あぎゃぁ!』

お尻や背中、太股やおっぱいにお腹、時には敏感なペニクリまで鞭打たれました。 当然ですがその時は浣腸もされていました、私は鞭打ちの痛みに我慢が出来ず、何度も何度も脱糞しては泣きじゃくりながら自分でお掃除して、その後でまた鞭打たれました。
私はこの調教がすごく恐くて、辛くて、いつも泣いてお許しを請うていました。 でもその度に全裸で緊縛されては外に出されて、何度か他の人にはしたない姿を目撃されたのです。 ある時はとあるホテルの客室フロアの端から端まで、全裸緊縛姿で歩かされました。

『なに!? この娘! 変態よ!?・・・え? 男の子よ!?』

『SMかぁ? 縛って露出放置ってやつ? それにしてもニューハーフかよ』

『やだ、気持ち悪いわ、変態! ねえ、行きましょ!』

見知らぬ他の宿泊客に見つかって、散々罵りや嘲笑、嫌悪感を示された事がありました。そのたびに羞恥と絶望感で失禁して、部屋の中のご主人様に謝り、本当は辛い調教を『是非、お受けさせてください』とお願いしました。

最初は『九尾の猫』と言われるバラ鞭でした。 これは音の割に打撃が分散されるので、痛みはそれほどではないのですが、『バシッ、ビシッ』と鞭が当たるたびに鳴る音は大きく、その度に私は可愛らしく『ひぃ! いやぁ!』と、思わず悲鳴を上げてしまいます。
そのあと、真っ赤になった私のお尻やケツマンコにオッパイ、お腹やクリペニ、揚げ句は舌を延ばされてそこまで蝋燭が垂らされるのです。 ご経験のある方ならわかる事ですが、赤い蝋燭(低温蝋燭)は比較的高い位置から垂らせば、それほどの熱さはございません。
むしろ、自分の身体に蝋燭を垂らされるという、恐怖心の方が強いのです。 バラ鞭も同じ効果なのです。 その恐怖心が被虐感に変化する頃には鞭で打たれたり、蝋を垂らされるだけで、勃起したクリペニから淫らなガマン汁が垂れて、アナルが疼く様になりました。

『ひはぁ! あ、ふあぁ! いいん!』

私はもう、鞭と蝋燭を見るだけで感じる変態マゾになっていました、まるで『パブロフの犬』の様に。 けど、これはまだまだ入り口に過ぎませんでした。 鞭はやがて1本鞭に変わり、蝋燭も今までより高温のものに変わっていったのです。

『バシッ!! ビシッ!!』

1本鞭の苦痛はそれまでとは、全然比べ物になりませんでした。 その痛みたるやもう! お許しを乞う哀れな哀願の声さえ出せない程です。

『かっ! はがっ!!』

余りの苦痛に声が出ず、最後には悲鳴を上げる余裕すらありません。 鞭打ちが終わる頃には、もう息も絶え絶えという感じなのです。 少しばかりの休息が終わると、そのミミズ腫れしたような私のお尻やオッパイに蝋が垂らされるのです!

『ッ・・・! ぎゃひぃ! くうっ・・・うぎっ、ぎゃっ、あぁ・・・!!』

身体がまるで河岸に引き上げられた魚の様に、ビクン、ビクンと惨めにのた打ち回りながら、惨めな悲鳴を上げて・・・けれども、私がとことん淫乱で変態のマゾだったからでしょうか、やがてそんな苦痛すら快感に変わる時が来たのです。

その日もいつもと同じように、鞭打たれていました。 ただ、いつもより長くてもう、『限界を超しちゃう!』と、ぼんやりと思っていたら・・・急に身体がフワッと浮く様な感じがして、刺すような、痛いような熱さが身体中に疼くような熱さに変わって・・・
鞭打たれた次の瞬間、『おっ、おおぉ! おっひいっ・・・!』 今まで経験した事の無い程の快感でした。まるで雲の上にいるような、フワフワした感じで、身体中のあらゆる性感帯が爆発しているような感じで、もう脳が沸騰した様な・・・

『あひぃっ! ううっ! きひぃぃ!』

最後には、まともにクリペニとケツマンコに鞭をお受けして、逝ってしまいました。 私のクリペニは感じている間中、ずっと勃起して淫らしいガマン汁を垂れ流し続け、アナルからは腸液さえも垂れ流していたそうなのです。
逝った後も暫くは『雲の上』にいるような、夢見心地なフワフワした温かい気分でした。 最もその後の数日間と言うものは泣きそうになりながら、お肌のケアに努める事になってしまいました。 随分とオーナー様に甘い口調で拗ねて、文句を言ったものでした・・・


今のお館『銀の鎖』でも、色々な格好でご主人様やミストレス様から、鞭や蝋燭での責めをお受けしております。 多いのは縛られて、片足を吊るされた状態でペニクリやアナルを蝋で責められ、悲鳴を上げながら鞭を頂き、浅ましく恥かしい姿で逝ってしまうのです。
勿論、いつも、いつも最後まで耐えられる訳ではなく、出来なければ厳しいお仕置きが待っています。 お館の前庭の木に吊るされて放置されたり、表通りに面した外から丸見えのバルコニーに緊縛放置されたりと。 もう半狂乱になりそうです。
でもちゃんと最後まで我慢して逝くことができれば、ご褒美として私の大好きなケツマンコを可愛がって頂けます。 男性ご主人様の逞しい肉棒で犯されるのも大好きですが、女性のミストレス様に大きなディルドゥで、容赦なくケツマンコを犯されるのも大好きです。


調教の度にお仕置きされて、それが辛くて鞭と蝋を受ける・・・そんな日々が続きました。 今までで一番辛かった時期です。 でも私自身その責めに徐々に馴染んできて、やがてその刺激が快感に変わってきた頃、私に過去から決別する時が近づいていたのでした。
こうして、調教をお受けする様になった頃から1年が過ぎようとしていました。 オーナー様の囲い者の女装マゾ美少年の愛人から、淫乱シーメールマゾ奴隷へと移り行く時が流れて、2年が過ぎていきました。 春の桜が咲き始めていたのです。




その年の春、留年が決定した私は大学を中退しました。 そして母に打ち明け、カミングアウトしたのです。 私はこの『性』で生きてゆく、そう決めたのです。 母は多くを語りませんでした。 水商売の長い母ですから、私の選択の事も判っていたかもしれません。

『息子でも娘でも、どっちでもいいの。 アンタは私の子、帰る場所はいつでもあるから』

それだけ言うと、母は黙って私を抱きしめてくれました。 その時感じた母への感情を言葉に言い表す事は難しいのですが、とても母が愛おしく、そして哀しくなったのです。 私は住んでいたマンションを引き払い、『銀の鎖』のお館に入りました。
オーナー様の手配でした。 私の周りにはもう、オーナー様しか居られません。 学校の友人達とは自分から縁を切りました。 他に友人もおらず、兄弟も居ません。 後は母だけですが、こんな『元息子』では一緒に住めない、そう私は思い込んでいました。
ニューハーフやシーメールと呼ばれる人たちは皆、大なり小なり女性ホルモン投与による弊害と一生付き合う事になります。 私の場合、子供の頃からでしたので言い換えれば今までとさほど変わらない、でも精神的にはかなり疲労して弱っていました。

そこでオーナー様は私に『銀の鎖』に入る事をお命じになられたのです。 先にもお話しましたけれど、お館には既に7人の美しいシーメール美女達が・・・シーメールマゾ牝奴隷娼婦達が、その身を『籠の中の鳥』として日夜、マゾ啼きと共に責め立てられていました。
私もその『籠の中の鳥』達の一羽として、夜毎可愛らしい悲鳴で『銀の鎖』にやって来る様々な男女の変態的なサディストのお客様のお相手をせよ、こう言うのです。 最初は聞いた瞬間、顔から血の気が失せた様な気がしました。 

『純子、お前は俺が2年の時間をかけて育て上げた、極上のシーメールマゾだ。 いっそこのまま独占しても良いかもしれん。 しかし、敢えて変態共に贄として与える。 お前がその中でどう変わるか、変わらないままでいるか、楽しみにじっくり見続けてやろう』

私にとって、その言葉は絶対でした。 そして夜毎マゾ啼きをさえずる哀れなシーメールマゾ奴隷娼婦が集う、この『銀の鎖』と言う『籠の中』の住人になったのでした。

とは申しましても、その美しいシーメールマゾ牝奴隷娼婦達・・・陽子お姉さまに涼子お姉さま、慶子お姉さまと美幸お姉さまの、年長のお姉さま方の4人。 そして薫子お姉さま、智美お姉さま、優子お姉さまの、私とは年の近い若いお姉さま方が3人。
彼女達は仲良く、本当に仲の良い姉妹の様にお館で暮らしていたのです。 多分、オーナー様はそんな事も見込んでいらしたのでしょう。 私はお館に入ると同時に最年少と言う事も有って、お姉さま達の『妹』として大変可愛がって貰えるようになったのです。

私達、シーメールマゾ牝奴隷娼婦は、何組かの『姉妹』の契りを交しています。 私のお姉さまは、陽子お姉さまと美幸お姉さま。 陽子お姉さまにとっては、美幸お姉さまと私は妹です。 美幸お姉さまにとっては、陽子お姉さまがご自身のお姉さまで、私が妹になります。
同じように、涼子お姉さまと智美お姉さま、そして優子お姉さまがシーメールマゾ牝奴隷姉妹。 慶子お姉さまと薫子お姉さまは、お客様に責められる時も一緒に責められて、素敵なマゾ啼きの声を奏でる、仲の良いシーメールマゾ牝奴隷姉妹です。

私はもう大丈夫。 お姉さま達がいらっしゃれば、お姉さま達のお側に居られれば、大丈夫。 そしていつの日か、私にも妹が出来たならば・・・私はその娘の色んな悩みの支えになってあげたい、そう思うのです。



そう、1年前の春、桜が周りの空気を薄桃色に染めたあの日、私は『銀の鎖』専属のシーメールマゾ奴隷娼婦として、新しい『女』の道を歩み始めたのでした。





いかがでしたでしょうか? これが私、『銀の鎖』専属シーメールマゾ牝奴隷娼婦『純子』の、過去の調教風景のひと幕です。 まだまだ他にも、いっぱい可愛がってもらいましたし、今では色んなお客様から可愛がって頂いて、ご贔屓にして頂いているお方も何名かおられます。

ですがそのお話はまた、後日と言う事で・・・え? 今ここで、ですか? す、すみません、陽子お姉さまに私が恥かしい告白をしている事が、バレちゃいました・・・ 昨夜はずーっと、お姉さまからお小言を・・・あ、お姉さまが来ちゃいました、では、私はこれで。

みなさま、ごきげんよう。
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プロフィール

鳶屋唐丸

Author:鳶屋唐丸
徒然に日々の妄想を書き連ねる艶本書きの親爺。
名は、お江戸の浮世絵版元『蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)』から。
重三郎の狂歌名、『蔦唐丸(つたのからまる)』をもじって

『鳶屋唐丸』

でも『つたや』じゃねぇぜぃ、『とびや』でい!


【鳶屋の娘一同より】
コメントを頂ければ、鳶屋の親父様も喜ばれますわ。
相互リンクも、お待ち申しあげております。

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