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2012-03-17

シーメールマゾ純子 マゾの回想 1話

美青年03

私は純子。 とある館でシーメールマゾの娼婦をしています。 今日はそんな私の、過去の調教風景をお話しようと思います。

私がこの『銀の鎖』と言う館に、お世話になる様になってようやく1年。 つまり専属シーメールマゾ奴隷娼婦となって、1年が過ぎました。 女体化手術を受け、心は女、身はシーメールマゾになってまだ1年なのです。
と言いましても最初から今の様な、シーメールマゾの悦びを知っていたのではありません。 それ以前の2年間、私は表向き普通の男子高校生、男子大学生として学校に通い、実は女装アナルマゾとして調教を受けていました。
女性化願望は抑え切れない位にありましたが、まだ普通の、女装趣味の男子高校生であり、男子大学生でした。 そんな私が今に至る最初のきっかけは高校3年生の春、女装して夜の街を漂って夜遊びをしていた頃に、この『銀の鎖』のオーナー様との出会いでした。 

私は元々、男性としては小柄な160センチあるかないかの身長に、体重は当時でも45キロ程しか無い、華奢で女顔の少年でした。 小さい頃から『女の子みたい』、『女が男の恰好している』などと、よく苛められたものでした。 性格も気弱で。
実は私、子供の頃から性ホルモン異常を患っていました。 正常なら思春期の頃から第二次性徴で男っぽくなるものなのですけど、私の場合は思春期を過ぎても体型は華奢で筋肉も付かなくて手足だけ長く、声変りも無く甲高い子供の声のまま。
それに体毛が凄く薄くて、何より陰毛も腋毛も全く生えなかったのです。 それどころか乳房が段々と膨らんで来て、高校に入学する頃にはAカップくらいになっていました。 体もますます筋肉が付かず、逆に脂肪を帯びた丸やかな体つきになってしまいました。

性ホルモン異常で、子供の頃から精巣が両方とも完全に下降せず腹部に留まっていて、思春期の前には私の体の精細胞は完全に消滅していたのです。 射精や通常の性行為は問題なくできますが、精液はほぼ透明で無臭で量も少ないのです。 当然、不妊です。
私はそんな自分が、嫌で嫌で堪りませんでした。 父親のいない母子家庭に育ち、母は夜のお仕事でしたので誰に相談できるでも無く。 そんな私の暗い願望が、いつか女になりたい、いつかは女性として愛されたいと言う事でした。
そんな願望も有った私が、女性もシーメールも、そして美しく女装した女性化願望の有る美しく着飾った少年も愛せるオーナー様に、体を許すのにそう長い時間はかかりませんでした。 私はオーナー様の虜にされてしまったのです。

夜毎、美しく女装をしてオーナー様のエスコートで夜の街を寄り添い歩く。 時には高級レストランのテーブルでスカートをめくり上げさせられ、可愛らしいショーツに包まれたクリペニをオーナー様の脚で愛撫して頂きもしました。
ドライブに連れて行って下さった時には、私はずっとオーナー様のペニスを咥える事を命じられ、大量の聖液を何度も飲み干しもしました。 その後車内で押し倒され、ペニスの余りの大きさに泣きじゃくる私を、オーナー様が楽しそうに眺めながら犯されもしました。
オーナー様は女装姿の私を大変に気に入られて、色々な物を与えて下さりました。 お洋服、靴、お化粧品、アクセサリー、そして女装アイテム。 オーナー様が女装した私で楽しむ為に。 やがて私はオーナー様の提案で、女性ホルモン投与を受ける事になりました。

私の場合は『玉』は有りますけど精細胞は無い為に、男性ホルモンは全く分泌されずに女性ホルモンだけが分泌される体でした。 細身の少女の様な体格に、小振りな乳房も、少し丸みを帯びたお尻も、苛められた女顔も、オーナー様の一言で素敵なものに思えました。
性同一性障害も有ったのでしょうか、私は全く躊躇しませんでした。 高校3年の冬頃から徐々に女性ホルモン投与を受け続け、大学1年生の冬にはすっかり『女体化』した体になっていました。 大きくなった乳房、柔らかな曲線を描く腰細の体、丸みが増えたお尻。
母には大学入学と同時に打ち明けました、同時に家を出てオーナー様の元に転がり込みました。 マンションの1部屋を私に与えて下さったのです、その上学費まで。 代償は私自身。 私はオーナー様の愛人となりました、囲われたのです。 自ら望んで。


大学に入学してから、本格的に女装マゾ奴隷としての調教が始まりました。 オーナー様は、大変お厳しいサディストでもいらしたのです。 私は女装美少年(かなり女体化していましたけれど)のマゾ奴隷として、オーナー様よって厳しく調教を受けました。
初めて調教して頂いたのは忘れもしません、大学1年生の春の事です、季節が冬を脱して若葉が萌え咲かり、一面に桜が咲き誇る頃でした。 私は羞恥に震え、苦痛に泣き、アナルの妖しい快感に咽び泣く、女装マゾ美少年奴隷になって行ったのです。

最初は主に露出・羞恥調教とアナル調教を施して頂きました。 オーナー様は縛りもお好みなので、縄(麻縄)も併用でした。 まず、今まで頂いた下着類はすべて処分され、オーナー様が新たにご用意された、セクシーで破廉恥なランジェリー類を沢山頂きました。
そのセクシーな下着女装と同時に、腰縄、捻り褌、バスト拘束用のレザーブラか麻縄で縛るのです。 縛りはオーナー様ご自身が為さる事も有れば、外で待ち合わせの時は私自身で縛りました。 オーナー様からご教授を頂き、自分で縛るのです。

毎朝、大学へ行く前に全裸になって、自分で希釈したグリセリン浣腸をします。 そのままアナルプラグで栓をして、腰縄か捻り褌をします。 その日の下着はピンク色の花柄レースのセクシーテディ。 クロッチ付のオールシースルーで、ホルダーネックのものです。
テディとストッキングのセットで、ガーターの様にストッキングを吊るの。 ストッキングもレースの花柄でお揃いです。 その日の腰縄と、テディのレース生地がクリペニに擦れて、ちょっと動くだけで凄く感じて気持ち良くって・・・

『んあぁ・・・ふあっ! んん、きゃう・・・!』

思わず女の子の様な声が出てしまいます。 次に胸にきつくサラシを巻くのです、この頃私の乳房は普通の女の子のAカップサイズを越え、Bカップ近くになっていました。 でもその圧迫感・・・いいえ、拘束感が堪らなくマゾの血を騒がせるのです。


服装は普通の男子学生と変わらぬ服装をして、そのまま大学まで通学するのですが、電車の中で便意が込み上げ、同時に縄とテディ生地がクリペニやケツマンコに擦れて、下半身が苦痛と快感の両方に襲われ、泣きたくなるような焦燥感に襲われます。

(『んん・・・! く、苦しい・・・苦しいよぉ・・・! お、お腹が・・・! あ、ダメ、揺らしちゃダメ! あっ、あっ、縄が、縄がおチンチン擦っちゃう! 女の子の下着、気持ち良いよぉ・・・!』)

先に申しましたように当時の私は、密かにオーナー様に囲われておりましたので、その与えられたマンションから大学までの通学時間は約1時間。 学校に着いた時点で排泄を許されるのですが、そのままトイレには行けません。 まずオーナー様に朝のご報告です。

『ああ・・・ご主人様、『純子』です。 今、学校に着きました・・・』

この頃から私は、名前の一文字をとって『純子』と呼ばれるようになっていました。 勿論、オーナー様と私の間だけの名前です。

『ほう、今朝はちゃんと着けたか。 で、どうだ? 『純子』のクリペニはどうなっている? ちゃんと言われた通りの場所で報告しろ、いいな?』

私は周囲を見回し、大学の女の子達が集まっている場所まで近づきます。 私は文学部でしたので、男より女の子の方が多かったのです。 同じ学科の女子大生が私に気づき、挨拶をしてきます。 私も背中で冷汗をかきながら、辛うじて笑顔で挨拶を返します。
私は普段学校では、普通の男ものの服を着ていましたが、男らしさとは真逆の女顔、小柄で華奢な体付き。 中性的な雰囲気も相まって、私には男友達よりも女友達の方が昔からずっと多かったのです。 彼女達もそんな女友達のグループでした。
そうなのです。 その朝の通学時の苦しさと辛さ、そして恥かしさと私のクリペニの勃起状態を、オーナー様に必ず毎朝ご報告しなければならないのです。 それも、わざと女子大生・・・私と同じ大学の女の子たちの直ぐそばで。 彼女達はお友達なのに!

『は、はい、ご主人様・・・『純子』のクリペニ、痛いくらい固くなっていますぅ・・・も、もう、縄とテディに擦れて・・・そ、それにお腹がもう・・・!』

『ほう、今朝はテディか。 荒縄と女装下着でクリペニとケツマンコを刺激されて、浣腸されて悦んでガマン汁が溢れているか。 ははは! 『純子』、お前はどうしようもない恥かしい女装マゾだな! そうだろう? そこでそう言うのだ!』

『は・・・はい・・・『純子』は、女の子下着と腰縄でクリペニとケツマンコを刺激されて、浣腸の苦しさに悦んで、朝からマゾの快感で女の子下着をガマン汁で濡らす、変態の女装マゾですぅ・・・』

恥かしさは朝から頂点に達します。 もしも彼女達に聞かれたら・・・女装趣味で、ほとんど女体化した変態マゾだとバレたら・・・こんなに痛いほど勃起しているクリペニと、疼きまくって仕方が無いケツマンコを見られたら・・・

(『あ・・・ダメ、逝きそう・・・逝っちゃいそう・・・!』)

そう思うだけで、私の妖しい興奮は益々マゾの炎にとろ火で焼かれるように、じわじわと責め立てるのです。 そして大体、始業前の15分くらいでようやくの事で、トイレに駆け込みます。 この時になってようやく、腰縄や捻り褌を外す事が許されました。

(『んくっ! ・・・ひあっ!・・・んん!』)

アナルプラグを抜く瞬間、思わず甘いマゾの悲鳴を出してしまうのです。 そして盛大な音を立てて排泄する・・・この瞬間は本当に顔から火が出そうなほど、恥ずかしかったのです。 もしも誰かに聞かれたら、そう思うと・・・
その反面、誰かに聞いて欲しい、こんな浅ましい、恥かしい、変態な女装マゾ姿を見て嗤って欲しい、罵って欲しいと言う浅ましい願望も有りました。 下着女装姿で学内公開の晒し者にされて、嘲笑と蔑視を浴びせられる、そんな妄想をしながら排泄するのです。

その後、再びアナルプラグをして腰縄か捻り褌を締め直し、セクシーテディのクロッチを直します。 そして1日中何食わぬ顔で授業を受けるのです。 でも他の人達は全く知らないでしょう、私がこんな浅ましく恥かしい姿をしている事に。
授業を受け、少なかったですが男の友人達と他愛無いおしゃべりをしている私は、アナルに異物を挿入し、縄で股間を自虐緊縛して女性用の恥かしい下着を着用している・・・淫らで変態マゾの、下着女装大学生だったのです。


オーナー様が何時も居らっしゃるオフィスは私の大学の近くで、いつもご主人様が来る、来ないに関わらず、指定の場所で待たなければなりませんでした。 そこは、とあるビルの1フロアで、オーナー様名義で借り上げられている不思議な事務所でした。 
受付の妙齢の女性は後で『銀の館』の関係者と知りましたが、その当時は私に向けられるその蔑むような冷たい笑みに、その都度クリチンポが勃起したのを覚えています。 そのフロアの1室で、私はようやく偽の姿を捨て、女装する事が出来たのです。

まずシャワーを浴び、体を綺麗に流します。 その後でトイレに入り、備え付けのイチジク浣腸でお腹の中を綺麗にします。 部屋に戻って、ケアアイテムでまず下拵え。 クレンジングオイルで汚れを綺麗に落とします。
そして専用の特別な洗顔ソープで顔を洗い、何十万とする高価な美顔器でスキンケア。 美白パックも行います。 私は生まれつき色白で体毛も本当に薄くて、ひげも生えず腕や足の脛もツルツルでした(実は股間の毛は・・・生えていません、『パイパン』なのです)
眉ハサミで慎重に細く綺麗な形の眉に整え、念には念で除毛クリームも塗ります。 これは元々、『銀の館』のオリジナルだと、後日知りました。 ニキビ跡やしみ、クマなどは有りませんでしたから、コンシーラーは使っていませんでした。

その後はアナルストッパーをリモコン式のアナルプラグに替えます。 これは太くて長くて、イボイボの突起がたくさん付いたアナルマゾ泣かせの物でした。 グリグリと回転と震動を繰り返し、私の前立腺と敏感な腸壁を抉るのです。
次にウエストニッパーで、細いウエストの括れを作ります。 元々が私の体は細身でウエストも細く、女性ホルモンを投与されるようになってからは更に女性らしい、腰細のウエストになったのですが、もっと細く見せる様、オーナー様に言い付けられていました。
最後はブラとショーツ。 当時のお気に入りは、たっぷりギャザーのシフォンと、レースでロマンチックに飾ったラブリーなデザインの薄ピンク色の3/4カップブラと、お揃いのショーツ。 最初に見た時、胸がキュンと高鳴ったのを覚えています。

その日のお洋服は胸元がフリルとレースで盛り上げたシフォンの、オフホワイト色のフリル&レースのチュニックワンピース。 ストッキングの類は、身に着けませんでした。 女の子の様な美肌は、私の密かな自慢だったのです。
そしてお化粧。 まずは化粧水、乳液、ファンデーション、チークのフェイスカラー。 複数のビューラーで『理想のまつ毛のフォルム』を作ります。 アイライナー、アイシャドー、マスカラでアイメイク。
最後にリップクリームで唇の乾燥を防いで口紅を塗り、リップグロスで仕上げ。 ウィッグは使っていませんでした。 と言いますのも、当時も今も、私は自分の艶の有る、綺麗なストレートロングの髪が、内心で大いに自慢だったのですから。
可愛らしいピンクのリボンパンプスを履いて出来上がりです。 姿見で見るその姿は、高校時代に本格的な女装をした初めての時に、自分でも最初『えっ? この可愛い娘、誰!?』って思いました。 嘘じゃないですよ? オーナー様も吃驚して褒めて下さいましたし。

『ふふ・・・純子、可愛いわ・・・みんなが犯したくなっちゃう・・・ああん、あはあぁ・・・』

姿身で自分の姿に、自分で魅入ってうっとりと欲情する・・・私は女装マゾのナルキッソス・・・ナルシストの気が有ったのかもしれません。 鏡に映った、美しく着飾った自分の姿に口づけをし、無意識にクリペニをまさぐって・・・あわや、射精する所でした。

オーナー様がいらっしゃった時は、そのまま露出調教をして頂きました。 美しく女装して着飾った私は、ダンディなミドルでいらっしゃるオーナー様に寄り添うように、そのまま夜の繁華街へと向かいました。 傍目には父娘の様に、見えたのではないでしょうか。
ブティックとか、レストランとかに入ると、アナルプラグが必ず振動します。 最初の頃は慣れてなくて、小さく悲鳴を上げる事もしばしば。 お店の姿見の鏡の前でわざとしゃがみ込まされて、私の股間をはっきり鏡に映し出されたりもしました。

『んんっ、ゆ、許して・・・ご主人様ぁ、ここでは・・・! ああん!』

腸壁をクネクネと動いてこねくり回し、イボイボの突起で更に引っかきます。 私は快感を覚える様になったアナルと、前立腺を刺激されてもうフラフラです。

『どうした? 何を許してなんだ? ん? どう我慢出来ない? 言ってごらん』

『そ、そんなぁ・・・ ああ、じゅ、純子は、ア、アナルが疼いて切なくて・・・クリペニが勃起していますぅ・・・ だ、だから、これ以上は・・・逝っちゃ・・・ッ!?』

『あの、お客様・・・お嬢様、如何なさいましたか?』

私が蹲っているのを見たマヌカンの女性が、何かあったかと近づいてきたのでした。 オーナー様と一緒でしたので、私の事を娘だと思っていたようでした。 オーナー様はそんな状況を面白がられて、本当に酷い事をなさるのです。

『娘か・・・うん、この子は実は男の子でね。 こんな恰好をするのが大好きなのだが、目を話すと直ぐに恥かしい自分の恰好を、鏡に映して陶酔する癖があってね、申し訳ない』

そうおっしゃるとオーナー様は、姿身の鏡を指差すのです、私のスカートを後ろからちょっと引っぱって。 そこには可愛らしいレースのショーツからはみ出した、小さなサイズの、でも紛れも無いペニス・・・私のクリペニが勃起している姿が映っていました。
吃驚したマヌカンさんは気付くと、たいてい次の瞬間、軽蔑と侮蔑の視線を私に浴びせます。 私は恥ずかしさのあまり、真っ赤になって何もできなくなり・・・ オーナー様はそんな私をご覧になって、満足そうに微笑まれるのです。

一度など、『あら、素敵なアクセサリーね』と、ある高級ブティック店の女性オーナーに、冷ややかな侮蔑交じりの冷笑でそう言われた時は、私は激しくクリチンポを勃起させてしまい、動揺してそのままお店を出てしまいました。 
その夜はオーナー様に厳しく折檻されて、アナルを責められながら泣きじゃくったのを覚えています。 恥ずかしいのか、悔しいのか、情けないのか、はたまた、嬉しかったのか・・・あの頃の私には判りませんでした。 
今にして思えばあれは、恥辱の悦びを無意識に感じてしまった事。 そしてマゾ奴隷としてご主人様の調教を逃げ出した後の折檻で、甘いマゾの悦びを感じていたのでした。 私はシーメールマゾ奴隷として、少しずつ近づいて来ていたのです。


アナル調教では最初から、太いアナルバイブから始まりました。 私は実は高校1年生の頃から密かにアナルオナニーの常習者で、こっそりイチジク浣腸を学校のトイレや外の公衆トイレでしては、指入れやアナルパールから始まり、徐々に拡張していたのです。
この頃、オーナー様は殊のほか私のアナルにご執心で、野外露出調教が終わって私の(オーナー様から与えられた)マンションに戻った後は大抵一晩中、短くても4~5時間はアナルを責められました。 

『あっ! あひっ! あん、あん! お、おうっ!』

『くく、随分と甘い鳴き声をするようになったな、純子? そんなにケツマンコが良いか?』

『あっ! あっ! ・・・は、はいっ! じゅ、純子、ご主人様のぶっといおチンポでケツマンコ、ズンズン犯されて・・・お、おひぃ! き、気持ち良いですぅ!』

『なら、これはどうだ? これは!』

『いっ!? ひいぃ! だ、だめぇ! クリペニ! 純子のクリペニ、一緒に苛めちゃダメなのぉ!』

オーナー様のペニスは太くて長くてゴツゴツしていて、それにとても固いのです。 でもね、最初の頃の私は、オーナー様にケツマンコを可愛がって頂く度に、余りの痛さにヒィヒィと、泣き喚いていましたのよ? それほどオーナー様のペニスは素晴らしかったの。
オーナー様のペニスで犯されながら、初めてアナルコイタスで逝ったのは、もう冬になるかと言う頃。 それまでは何となくアナルは感じて好きでしたが、逝った経験はありませんでした。 詳しくは後日機会があれば、お恥ずかしいのですが、その時にお話しますね。

めくるめく肛姦の絶頂とクリペニの激しい愛撫の射精感で、私は頭の中が真っ白になりました。 そして連続して続く快感の波に飲み込まれ、もう訳が判らなくなって、口をパクパクするだけ。 そう、余りの快感に失神しちゃうんです、恥かしい・・・
ご主人様のペニスを受け入れられるようになってからは、色々な責めをして頂きました。産婦人医が使うクスコでアナルを拡げられ、特殊な媚薬や少量のアルコールで濡らした『善がり刷毛』で、腸壁延々と擦られた時もありました。

『ひぃー! だ、だめ・・・やめれぇ・・・! ご、ごひゅひんさまぁ・・・く、くるうぅ・・・っ!』

『・・・狂う、か。 そんなセリフが出るうちは、まだまだ責めが足らんな』

『いひぃ! やっ! らめぇ! ひっ、ひっ、ひいぃい!』

その時は気が狂うかと思うほどの快感と、あまりに逝き過ぎて、もう死ぬのではないかと恐怖感も覚えました。 この頃になると、普段のアナルストッパーも大きくなり、一番太い所で7センチくらいのものになりました。


これが大体、18歳から19歳の冬までに私が受けました調教の概略の一部です。 他にも色々な調教をして頂きましたが、それはまたの機会にお話させて頂きますね。 それじゃ
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鳶屋唐丸

Author:鳶屋唐丸
徒然に日々の妄想を書き連ねる艶本書きの親爺。
名は、お江戸の浮世絵版元『蔦屋重三郎(つたや じゅうざぶろう)』から。
重三郎の狂歌名、『蔦唐丸(つたのからまる)』をもじって

『鳶屋唐丸』

でも『つたや』じゃねぇぜぃ、『とびや』でい!


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